チンギスハンのブログ

投資歴40年2017年にリタイア済。米国株に投資中。グロース、高配当株、インデックス保有。

中国が米国に代わって覇権国になれない理由(3)通商路の確保と他文化への寛容が繁栄のカギ、唐の成功

こんにちは

2019年7月2日(火)記

米中の会談の安心感から米株はあげましたね。ただ手放しの上昇ではないようです。サースもそんなに強くないですし。やはり高値を意識するとハイテクでも安心感のあるMSFTやV,MAなどの鉄板銘柄への人気が続いていますね。

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さてこのシリーズも調子に乗って第3弾です。そのうち歴史のジャンルで発表しないといけないですね。投資と直接関係ないので興味のない方はスルーください。

今回は中国で過去に大帝国を築いた王朝に共通する要素を考えます。

それは軍事力以外では

通商路の確保と他文化への寛容

の2つだったと考えます。前回の隋から今回は唐になります。まずは唐のあらましです。

1 隋の自滅によって各地に反乱が起こりいくつかの勢力が自立します。

2 唐はその中の一つで北西の長安地方に勢力を持ちました。北方民族への前線基地である太原で兵を挙げました。

3 出身は正史では漢族になっていますが楊氏と同じくモンゴル系鮮卑族でしょう。

4 名門の家柄で北周王朝では隋の楊氏が将軍を出す武門なのに対して皇后を出す家柄だった。→部族社会では血筋がものをいう。

♧日本でも武士団は天皇の子孫である源氏や兵士の棟梁を推戴しました。

5 勝ち抜いて中国全土を支配した。次男李世民の軍事的才能によるところが多かった。

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6 太宗、李世民はクーデターで皇帝の座につく

長男の皇太子と次男の李世民の対立が激しくなり、皇太子は次男を警戒して他の兄弟の李元吉を誘って李世民暗殺を計画する。軍事では天才的な才能のある李世民が先にクーデターを起こし長男たちを殺害。(玄武門の変)

父も仕方なく許してやがて位を譲渡。

♧李世民としてはこの方法以外に自分が指導者になる道はないので一択と言える。儒教の影響が強い中では正しいこととは言えず言い訳が激しい。皇太子は堅実な優等生タイプで品行方正だったようだ。とことん悪く言われる立場なのにそんなに悪く言われていない。ただし積極的なタイプではなかったようだ。

♧対して李元吉は天下無双の力持ちで無類の女好き。こういう人好きですね、個人的には。また機会があれば書きます。

♡こういう後ろめたい権力掌握をした人は世間体を気にするからか名君が多い。歴史的に太宗と名付けられた人にこの経緯が多い。宋の太宗の趙キョウギ、明の太宗永楽帝→おいを殺して即位。民衆にとっては経緯はどうでも政治が良ければ名君。

7 西域に強い政権

上記の地図で北西部に大きく版図を広げています。安西都護府がはるか西に亀滋に移されました。

8 西方と直接シルクロードでつながる

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世界の地図で見ると、東ローマ帝国のコンスタンチノープルからは長安までわずか3ヶ国を通過して到達します。

商人たちにとっては多くの勢力圏を通過するのは危険も多く、通行税の負担も多いです。このくらい最小限で済めば自然と通商も盛んになります。

陸の道だけでなく南を通る海路もありました。海のシルクロードと言われる。

9 唐にとっての西方経営のメリットは1石3鳥

北西部は乾燥地帯で農産物は期待できません。しかし江南で米はいっぱい取れます。

西域地方が欲したのは「欲張りでない保護者」と安全な通商路、そして中国の豊かな穀物です。

北部の遊牧民政権は支配力は「根こそぎ取る」文化がありました。

その点唐はガツガツしません。西域の国々が保護下に入ったのは当然の選択です。彼らは唐の支配が長く続くように願ったはずです。

唐にとってのメリットは①通商路を押さえて経済を活発にできる。絹などを西方に高く売れる。②自分が通商路を押さえることで、異民族の大国の台頭を抑えることができる③西方の情報を早く正確に得られる。

つまり一石三鳥です。

10 唐の経済力は圧倒的なシェア

唐の人口は5千万人ほどです。首都長安は百万を越えました。今では驚くことではありませんが、上記の地図を見ても経済のシェアは圧倒的です。数字はないですが世界の50%くらいあったのではないでしょうか。

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唐が世界帝国として繁栄したポイント

1 生産力が高い地域を支配したこと

異民族系の北方政権では黄河流域までの支配でした。しかし生産力は江南が圧倒的だったので江南を押さえたことは大きいです。

2 軍事行動や公共工事を急がなかったこと

前政権の隋が性急な大運河建設と高句麗遠征で滅びたのを戒めとして自重しました。

逆に言えば隋の大運河は投資の回収ができたといえます。

太宗も高句麗遠征をしてまたしても失敗しました。軍事の天才を持ってしても破れなかったのですから高句麗の軍事力は本物です。

煬帝が意地になって隋を滅ぼしたのを戒めとして太宗は自重します。

煬帝の失敗がなかったら太宗も同じ道を進んだかもしれません。

強硬策ばかりでないことが大事です。

3 優先度が低い地域からは手を引いた

強力と思えた高句麗も度々の戦争で疲弊し最後はお決まりの内紛で滅亡します。

新羅も交えたこのあたりのやり取りは面白すぎます。白村江の戦いで日本とも大きな関係があります。いつか記事にできたらと思います。

結論として唐は朝鮮半島を新羅に任せて手を引きます。

朝鮮半島はメンツを別にすれば生産力は低い地域です。

通商路からも外れています。日本との交易路ではありますが日本と唐の貿易は盛んではありませんでした。遣唐使で文化の交流はあったですが。

軍事的にも新羅が唐に攻め入る可能性はゼロです。

♡もともと約束違反をしたのは唐です。百済を攻略したら「やる」と約束しながら達成したのに反故にして直轄地にしたから新羅が怒ったのです。きたない手を使うのは遊牧民だけではないです。大国のエゴと言えます。

4 他の文化や宗教に寛容だった

どのくらい文化に寛容かは宗教政策でわかります。皇帝は仏教徒ですが唐はすべての宗教を認めました。

また長安にはどの民族も入城できたのです。

他の文化に偏見がなかったことが世界帝国として発展できたカギでした。

5 どの民族にもチャンスを与えた

科挙は隋に始まりましたが唐で実用化しました。科挙にはすべての人が参加でき外国人の合格も多かったのです。日本の阿倍仲麻呂も合格し高官に登りました。

6 均田制で民衆に配慮した

農地を基盤とする政権では地主に対する政策が一番難しいです。

日本でも太平洋戦争が終わってからやっと解消したくらいです。

均田制は北魏で始まり、隋、唐と受け継がれました。

すべてが上手く行ったわけではないですが意図はわかります。

日本でも導入されましたね。

やはり農地をお上が管理するのには無理があるようです。

現在の中国と比べると

一帯一路構想は現在のシルクロードと言われています。

唐と比べてみます。

1 現代は軍事力は有効ではない

現代は通商を邪魔する国はないです。山賊や海賊もいません。(海賊はたまに出るが)

だから軍事力をもって通商路をこじ開ける必要はないです。

なので軍事力の強化は経済の発展には役立ちません。

2 多文化を許容していない

現在の中国はイスラム教など宗教には不寛容です。またチベット、ウイグルなどの漢族以外の文化も敵視して「漢族化」を急いでいます。

しかし広くて人口の多い中国が均一化してしまえば、カウンターパートナーは外国しかなくなります。それも米国とか欧州とかの規模のでかいところ。

均一化すれば国内旅行も刺激がありません。消費が動くのは珍しいものに触れたいからですね。

中国が他種類の民族を抱えているのは「宝の山」と思う人は多いでしょう。

今の政権がそう思わないのは何かのバイアスがかかっているのでしょう。

その価値に中枢が気づかない体制には問題がありますね。

そのうち気づいて大事にしよう、保存しよう、育てようとなるのでしょうが、破壊してしまってからではなかなか難しく時間がかかります。

以上勝手なことを書きました。

続きは書けたら書きますが一応の結論は書いた気がします。

それでは皆様の良い投資を!

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